はじめに
2026年9月5日から9月7日にかけて、静岡県立森林公園 森の家(静岡県浜松市)にて、第59回情報科学若手の会を開催いたしました。 全国より、招待講演者を含む40名(うち学生19名)が現地参加し、様々な分野の発表を行い、 活発に議論しました。

発表および議論
以下のような発表枠を用意し、議論を行いました。本年は、一般発表4件、ショート発表3件、スポンサー発表5件、LT発表12件の発表がありました。
- 招待講演: 60分 (質疑含む)
- 一般発表: 発表30分+質疑10分
- ショート発表: 発表15分+質疑10分
発表一覧
招待講演: 「ソフトウェアの未来を科学する——Rust に誘われて」 京都大学 白眉センター・情報学研究科 松下 祐介 様
ソフトウェア開発の未来の技術を探究する、ソフトウェア科学。新進気鋭のプログラミング言語「Rust」をキーワードに、この分野での私のこれまでの研究、そしてこれからの研究の展望について、お話しします。
若手特別講演: 「ニューラルかな漢字変換の仕組みと運用」 三輪 敬太 様
最近では自然言語処理というと機械翻訳やLLMのようなアプリケーションが第一に想起されそうですが、ずっと昔から日本語話者が活用してきた自然言語処理アプリケーションが日本語入力の中心となる「かな漢字変換」です。 私は過去6年ほどにわたりかな漢字変換システムの開発に取り組み、2024年にGPT-2のローカル実行に基づく「ニューラルかな漢字変換」の技術を開発しました。 本講演では、このニューラルかな漢字変換の仕組みや設計に触れつつ、実世界にリリースするAIアプリケーションとしての構築・運用に関する知見も紹介します。
一般発表1: 「独自思想OSカーネルShizuku -設計,実装,課題-」 石垣 有逢 様
私が開発中の独自OSカーネルShizukuというソフトウェアについて、設計、実装、今後の課題を話します。
- 独自OSカーネルShizukuについての概要
- 開発動機(既存OS・RTOS, 組み込みランタイム等に感じる課題)
- 設計(基幹抽象化機構"オブジェクトシステム", イベント駆動動的スレッド生成IPC, 動的スレッドモデルIPC挙動を予測可能にする)
- 実装(コンテキストリユースを応用したオブジェクトランドシステムコールハンドリング, アプリ1:Nintendo Switch Proコントローラーで操作できるラジコンカー, アプリ2:飛行ロボコン用テレメトリー送信機)
- 今後の課題(MMUなど本格的なマイクロカーネル機能, 移植できるカーネルコードベース, コミュニティ)
- まとめ
一般発表2: 「メタヒューリスティクスは高次元最適化に立ち向かえるのか?」 井上 裕介 様
遺伝的アルゴリズムやABCなどのメタヒューリスティクスは、100次元以上の連続最適化問題では、次元の呪いにより急激に性能が落ちます。 本発表では、オートエンコーダで探索空間を低次元の潜在空間に圧縮し、その中で探索を行うアプローチを紹介します。 あわせて、実験を行う中で直面した課題と、それを解決するまでの試行錯誤についてもお話しします。
一般発表3: 「GitHubからシリコンへ ― オープンソース半導体設計への挑戦」 脇田 一秀 様
本発表では、オープンソースを活用した半導体設計と、その実チップ化への取り組みについて紹介する。 従来の半導体設計は、PDKやEDA、製造設備などへのアクセスが限られ、個人や学生が設計から製造まで行うことは容易ではなかった。 一方、近年ではSKY130などのオープンな設計環境や、TinyTapeoutによる共同製造環境が登場し、半導体設計のオープン化が進んでいる。 そこで実際に、Xschem、Magic、Sky130Aを用いてトランジスタの性能評価回路を設計し、回路図、シミュレーション、レイアウト、DRC/LVS、Tapeoutまでの設計フローを実践した。 また、GitHubによる設計データの共有やGitHub Actionsを用いた自動検証についても紹介する。 さらに、製造した実チップを測定し、シミュレーションとの比較・分析を行うことで、設計から実測、改善へつなげる半導体設計の可能性について考察する。
一般発表4: 「デコンパイラを作って学ぶdevirt」 石 立行 様
実行ファイルの難読化に使われる、仮想化や複雑性付加などのテクニックに対し、フルスクラッチのコンパイラを制作して元の実行コードを復元する技術を紹介します。
ショート発表1: 「RegexからAutomatonへ:Leanによるトークナイザリファクタリングの等価性証明」 富重 亮佑 様
Rust製インタープリタのトークナイザをC言語への移植性のために正規表現から手書きのステートマシンに置き換えたい。 しかし、実装を大きく変更したとき、挙動が変化していないことをどう確認すればよいでしょうか? 本発表では自作インタープリタのトークナイザを例に正規表現から手書きステートマシンへのリファクタリングと、その正当性をLeanによって証明する試みを紹介します。 まず、正規表現と有限オートマトンの関係を整理し、正規表現によるマッチングをステートマシンとして捉えられることを示します。 次に、トークナイザの実装を正規表現からステートマシンへ置き換えます。 最後に、それぞれの挙動をLeanでモデル化し、それぞれの実装が等価であることを証明します。 Leanによる定理証明を、数学的な定理だけでなく、プログラムの等価性を保証するために使う一例として紹介します。
ショート発表2: 「GPUのVRAMをRAMディスク化するアプリ『VRAMDISK』の紹介」 藤石 拓海 様
私はGPUのVRAMをRAMディスク化するアプリ「VRAMDISK」を開発したので、その紹介をしたいと考えています。 そもそもRAMディスクとは、メモリ領域の一部を一時ストレージとしてマウントして高速なデータ置き場として使用する技術です。 通常これはシステムのメモリが使用されますが、私はGPUにもVRAMと呼ばれるメモリが搭載されていることに目を付け、NVIDIAのGPUを搭載したWindows上でVRAM領域を同じようにRAMディスク化するアプリを開発しました。 アプリはOSSとして公開し、公開翌日には「窓の杜」(インプレス社)に取り上げていただきました。 利用方法はもちろんのこと、技術的な実装の詳細や制約、どのように高速化したのかや今後の課題について説明したいと思います。
ショート発表3: 「自作CPUをOut-of-Orderにする」 藤波 遼 様
CPUは,依存しない命令を先に実行することで高速化を図っており,これをOut-of-Order実行と呼ぶ. 古典的にはTomasuloのアルゴリズムを用いたが,近年ではレジスタリネーミングという手法を用いるのが一般的である. 本発表では,Verylで実装している自作RISC-Vプロセッサを,in-order実行からOut-of-Order実行へ拡張した過程を紹介する.
スポンサー発表1: 「不動産データとデータエンジニアリング」 株式会社estie 中村 謙弘 様
(概要なし)
スポンサー発表2: 「MN-Core について語りたい」 株式会社Preferred Networks 山縣 龍人 様
MN-Core シリーズは、PFN が開発する AI・HPC 向けプロセッサであり、高い電力効率を特徴としています。 本発表では、その高い電力効率を支える、大胆かつシンプルなアーキテクチャと設計思想について紹介します。 また、近年の LLM推論を取り巻く計算・メモリ要求を概観するとともに、PFN が開発中の AI 推論向けプロセッサ「MN-Core L1000」について紹介します。
スポンサー発表3: 「Confidential Computing の仕組みと、プロダクトに載せた話」 株式会社Acompany 平岡 拓海 様
クラウドでは、サーバを運用する事業者や管理者は信頼できる存在として扱われてきました。 Confidential Computing はこの前提を外し、運用する側からも内容を参照できない計算機を実現します。 前提を一つ変えた結果として、暗号化されたメモリとデバイス間のデータ受け渡し、起動したイメージの正当性の証明、鍵の受け取り方といった課題がソフトウェア側に生じます。 前半では AMD SEV-SNP や NVIDIA Confidential Computing を題材に、ハードウェアが保証する範囲とソフトウェアが補う部分を整理します。 後半では、この技術を実際のプロダクトに載せる際に難しかった点を、採用した構成とあわせて紹介します。 最後に、データやモデルを預ける相手を信じるのではなく検証できるようになったとき、AIやデータの使われ方がどう変わるのかを展望します。
スポンサー発表4: 「自宅 k8s サーバをより安全に公開するための self-hosted 多層防御構成の実践」 LINEヤフー株式会社 森 俊介 様
自宅サーバをインターネットへ公開すると、スキャンや不正アクセス試行が常時発生します。 本発表では、自宅k8s環境を題材に、単一対策ではなく「多層防御」で安全性を高める構成を紹介します。 具体的には、TLS(cert-manager)、認証(OIDC/OAuth2 Proxy)、到達制御(WireGuard)、Pod間通信制御(CalicoNetworkPolicy)を段階的に導入し、どこで通信を許可・遮断するかを確認します。 実際の構成・観測コマンド・ハマりどころも共有し、複雑に見える技術をできるだけシンプルに分解して理解する視点を示します。
スポンサー発表5: 「プロダクト開発における 具体と抽象 〜実装力を土台に具体と抽象の反復思考を身につけ、エンジニアとしてより大きな価値を発揮する〜」 株式会社リクルート 佐々木 雄大 様
(概要なし)
LT発表
飛び入り発表ありの発表時間5分のLT発表を行い、12件の発表がありました。また、ナイトセッションも大変盛況となりました。
インターネットでの反応
X(旧 Twitter)
ブログ記事
Discord サーバー
本年度もDiscordサーバーを利用して発表資料のアップロードや発表に対するディスカッションを行いました。 発表に対するリアルタイムな交流により、参加者間での盛り上げや活発な議論も見られ、交流のもう一つの場として大いに機能したと思います。 今後もDiscordサーバーの運用を通じて世代間交流も含めて議論を促進していきたく思います。
おわりに
本年も低レイヤー技術、半導体チップの開発、ソフトウェア科学、自然言語処理といった幅広い分野の話題に関し、参加者の皆様よりご講演いただきました。 休憩時間やナイトセッションにおいて、異なるバックグラウンドを持つ参加者間で活発な議論を行うことができ、「交流・議論を行う場」の提供を担う本会として、大変有意義な会となりました。
来年度も同時期に情報科学若手の会を開催する予定です。下記のWebページにて随時情報を更新しております。 多くの方のご参加をお待ちしております。
謝辞
招待講演を快く引き受けてくださいました松下 祐介 様、三輪 敬太 様、 スポンサーとしてご援助いただきました株式会社Acompany 様、株式会社estie 様、LINEヤフー株式会社 様、 株式会社Preferred Networks 様、トヨタ自動車株式会社 様、株式会社リクルート 様、 本会開催にあたり様々な面からご支援くださいましたプログラミングシンポジウム幹事の皆様と情報処理学会事務局の皆様に、この場をお借りして深く御礼申し上げます。
情報科学若手の会幹事
- 松本 直樹
- 浅田 睦葉(筑波大学)
- 石 立行(グーグル合同会社)
- 井上 紘太朗
- 久下 柾
- 黄 英智(株式会社ディー・エヌ・エー)
- 多根 直輝(LINEヤフー株式会社)
- 菱田 快成(慶應義塾大学)
- 三木 健太郎(神戸大学大学院)
- pizzacat83(GMO Flatt Security株式会社)
- 武井 美吹(明治大学)