第34回 情報科学若手の会 開催報告

はじめに

去る2001年9月13日から15日にかけて、熱海にある旅館芳泉閣で、第34回情報科学若手の会を開催致しました。熱海駅のひとつ先の来宮駅から徒歩で少々かかる場所で、また平日に行なうこととなってしまいましたが、社会人4名、学生13名が御参加下さいました。また、オブザーバとして東京大学の萩谷先生をお招きして、議論に御参加頂きました。 これまでは、幹事でトピックを定めディスカッションを行なう形式でしたが、今年は御参加の皆様に議論を行ないたいトピックを持ちよってもらい、発表の後にディスカッションを行なう形式としました。 オブザーバとして御参加下りまた個人としてご援助下さいました東京大学萩谷先生、多額のご援助を頂きました慶應工学会様、個人としてご援助下さいました千歳科学技術大学高岡様および早稲田大学小西様、この若手の会の開催に当たり色々と御面倒を見て下さいました明治大学の石畑先生、津田塾大学の小川先生、情報処理学会の鮎川様およびプログラミングシンポジウム幹事の皆様に、この場をお借りして御礼申し上げます。

タイムテーブルと議論の内容

以下に、タイムテーブルと議論の内容についてまとめます。

9/13(第1日目)

15:40~  
 オープニング、諸注意など
16:00~16:35
大日向 大地 分散型並列処理システムについて
16:40~17:15
蟻川 浩 遊休計算機を利用するための枠組みについて
17:20~17:55
三井 健太郎 ソフトウエアの産学共同開発について

9/14(第2日目)

9:20 ~ 9:55
筧 一彦 簡易なプログラミング言語について
10:00 ~ 10:35
鈴木 秀直 プログラミングの訓練
10:40~11:15
鬼柳 裕暢(他) UNIX基本コマンド教育システムについて
11:20~11:55
越智 洋司 教育・学習支援システムにおけるリソース共有と著作権問題
13:20~14:20
萩谷 昌巳先生 分子コンピューティング ナノテクノロジー / アモルファス・コンピューティング の 怪しい人々 / 特に、計算機屋くずれたち
14:30~15:05
渡部 岳郎 無線通信の未来と現実
15:10~15:45
渡辺 俊雄 <インターネットに関する話題>
16:00~16:35
橋本 拓也 逆計算と定理証明器
16:40~17:15
市川 祐輔 一般部分計算(GPC)によるプログラム超高速化の例
17:20~17:55
伊藤 一成 ニューロコンピューティングの今後

9/15(第3日目)

9:30~10:05
山口 文彦 ロンゴロンゴにおける統計情報の収集に向けて
10:10~10:45
長 慎也 ユーザの行動を利用した文書検索システム
10:50
 Closing まとめなど

発表および議論の内容

13日午後

分散型並列処理システムについて

SETI@homeなど、地球外生命探査や新薬開発などの場面で、インターネットにつながれたコンピュータのアイドル時間を使って並列処理を行うプロジェクトが相次いで始まっています。研究室内のネットワークを用いて分散型並列処理システムを開発、運用している経験から、このスタイルのコンピューティングの課題や、今後の展望について議論を行ないました。SETI以外の分野での話や、「アルゴリズムの研究をしなくなる危険性があるのではないか」などの話が出てきました。

遊休計算機を利用するための枠組みについて

インターネットに接続されているコンピュータを用いて大規模数値解析を行う「グローバルコンピューティング」が注目されていることから、この環境を実現するためには、遊休計算機を利用する枠組みが必要になっています。この発表では、遊休計算機を利用するための現状と問題点について発表してもらい、新たな枠組について提案、議論を行ないました。遊休計算機を利用する上で、リソース盗用やセキュリティの問題、またDoSに利用されてしまう危険性や、今後はOSに組み込まれるようになるのではないか、などの話を行ないました。

ソフトウエアの産学共同開発について

ソフトウエア開発(主にWebアプリケーション)における教育機関と企業との協力関係はどうあるべきかについて、現在抱えている仕事の紹介を交えて発表および議論を行ないました。プログラマの養成が難しい中、ある教育機関を選択してコラボレーションを行なった際の状況について御報告下さいました。その際、金銭の問題、責任者の問題、定期試験のための中断、誰がどれだけやったかという評価の問題があることが指摘されました。こうした問題に対し、普通にいわれる産学共同は教育機関側がアイディアを提供する形のものが多く、今回の話題はインターンに近いのではないか、その場合報酬はお金ではない方がいいのではないか、などの意見が出されました。

14日午前

簡易なプログラミング言語について

さまざまな人がプログラミングに関わる可能性が出てくる時代となる中で、初心者へのプログラミングおよびアルゴリズムの教育、解析および変換のしやすさ、その上での実用への導入しやすさを兼ね持つ言語があるとよいのではないか、という視点で発表および議論を行ないました。その際、Javaなどではポインタの概念が曖昧になりがちであること、関数型の場合自然に再帰的であればいいけれど、手続きを繰り返すような問題も多くあること、関数型言語はプログラミングの中で暗黙のうちに存在する、意識しないものを明示的に書かされることになり、その暗黙のうちに存在するものをどう教育するのが良いのか、などの議論が行なわれました。

プログラミングの訓練

学生の中には、課題や卒業研究としてプログラミングを行なうだけで、それ以外に自分でプログラムを書こうとする人は多くなく、そういう人の多くが綺麗なプログラムを書くことができないようです。では、もっとプログラムを書くことに興味を持たせるにはどうすればいいのか、発表および議論を行ないました。そのなかで、プログラミングのコンテストや、チームになってプログラムを開発するようにしてはどうか、という提案がありました。

UNIX基本コマンド教育システムについて

これから初めてUNIXを使う方を対象とした、UNIXを使用するにあたり、知っておく必要のある基本的なコマンドを覚えるための補助となるシステムについて、発表および議論を行ないました。どのようなかたちでシステムが提供されると良いのか、またどのような表示が必要か議論を行ないました。

教育・学習支援システムにおけるリソース共有と著作権問題

近年、教育・学習支援システムの研究領域においては、ネットワーク環境を利用した協調学習支援が注目を浴びており、このような環境下では、学習のリソースとなる情報やコンテンツを共有することで協調学習的効果を得ることができるようになっています。特に、インターネット上の一般のWWWコンテンツを対象にすることで、膨大な学習リソースを支援の範疇にいれることが可能となります。しかし、この場合には著作権の問題を考慮しなければならないことが多くあります。こうした著作権問題をうまく解決できる方法があるか、発表および議論を行ないました。この中で、インターネットはひとつだけである必要があるか、教育目的用の専用回線が存在しても良いのではないか、という意見が出されました。

14日午後(1)

分子コンピューティングナノテクノロジー/アモルファス・コンピューティングの怪しい人々/特に、計算機屋くずれたち

オブザーバーとして御参加下さいました萩谷先生が、これまでの計算機科学の範疇を超えた、分子コンピューティング、量子計算、ナノテクノロジー、アモルファスコンピューティング、Smart Dust、Programmable Matterなどの新しい研究について、どのような計算問題が対象とされているか、どのように実現されているか、またどのような現象および問題が存在するかをお話し下さいました。そのなかで、これまで計算機科学に関わってきた研究者の方々が、これらの分野でどのようなことを行なっているのか、お話し下さいました。

14日午後(2)

無線通信の未来と現実

携帯電話や無線LANなどの無線通信が活発に利用されるようになりましたが、実はさまざまな問題を抱えています。現在どのような技術が使われているのか、その解説を通して、将来の無線通信のあり方について発表および議論が行なわれました。有線でできることは無線でやる必要がないとすると、無線でしかできないことは何か、そもそもインターネットも無線が始まりで、1対多という形をとっているのではないか、テンポラリネットワークが良いかどうかは場所によりけりではないか、などが話されました。

Alternate Roots—Alternate Rootsが引き起こすであろう問題と、その対応について

現在DNSにはルートがひとつしかないという前提で仕組みが提供されていますが、ICANNをはじめとする管理体制に対して反発する形で別のルートを提供しようとする団体が出現してきています。一般のユーザはどちらをルートとして使用しているのか意識しないことになるため、同じドメイン名を入力しても異なるサイトに接続する、という事態が発生し得ます。こうした団体が出現することで発生し得る問題点について、発表および議論を行ないました。

14日午後(3)

逆計算と定理証明器

ある問題を解決するプログラムを書く際に、ある一方向については記述しやすくても(暗号化など)、逆方向については記述が難しい場合があります(復号化など)。そういった問題について、その片方の記述から逆方向の処理を実現する仕組みを、関数型言語の枠組の中で行なう方法について発表および議論を行ないました。ここでは、論理型言語を使ってしまうのがやはり楽ではないか、などの議論が行なわれました。

一般部分計算(GPC)によるプログラム超高速化の例: ペアノ曲線のm番目のパターン

プログラムに与えられた部分的な情報を利用して、予め計算を行なうことを部分計算と呼び、一般部分計算(GPC)は部分計算のアルゴリズムのひとつです。このアルゴリズムをペアノ曲線に応用した例について、発表および議論を行ないました。部分計算についての説明や、どのように実現したのかが話されました。

ニューロコンピューティングの今後

人間の脳に類似した並列情報処理機構に基づいた情報処理を工学的に実現するニューロコンピューティングが盛んに研究されています。この分野に関して、研究の現状と今後の課題について発表および議論を行ないました。どういった分野や問題に適用できそうか、などの質問が出されました。

15日午前

ロンゴロンゴにおける統計情報の収集に向けて

統計情報を用いた自然言語処理において、複数の記号が同じ文中に登場する確率などから、それらの記号の繋がり具合を調べ、意味のある記号列を抽出する研究が行われています。こうした手法は言語に依存する部分が少ないという特徴を持ち、未知言語にも適用できるものと考えられます。イースター島には木の板などに彫り込まれた、ロンゴロンゴと呼ばれる文字が存在しますが、対訳コーパスが存在しないなどの理由で未解読となっています。統計情報を用いた自然言語処理の手法をロンゴロンゴに適用する試みについて発表および議論を行ないました。未知言語では、既知言語に適用した場合と異なり、正解を設定することができない、では近隣の現存する種族からの知識を利用することができないか、そのなかで手法の評価方法をどのように設定するのが良いか、などが話されました。

文書の自動分類を行なう検索システム

インターネット上での文書検索システムでは、ユーザの履歴を使うことで、ユーザの入力した検索語から重要な語句(および語句の組み合わせ)を抽出したり、ユーザの選んだ文書からユーザの入れた語句に強く関連する文書や語句を抽出することが可能です。こうした不特定多数のユーザによる検索要求の履歴を解析することで、文書のカテゴリ分けを自動的に行う方法について発表および議論を行ないました。現在、これらの情報を集めて文書のカテゴリ分けの実験を行うメーリングリスト検索システムを開発中とのことです。カテゴリにはそれを代表する名前をつけていますが、そのカテゴリをどう整理統合するか、カテゴリは逆に遠回りになってしまわないか、またユーザによる明示的な入力をどのように扱うか、日記のような文章をどうするか、FAQの自動生成器のようなものがあると便利だ、などの話が出てきました。

開催形式について

参加者皆様に発表してもらう形式としました。このため、分散処理から産学共同、教育、分子計算、通信、理論、言語処理、検索など、さまざまな内容の発表を聞くことができました。その一方で、ひとつの発表あたりに割り振られる時間が短くなってしまったため、なかなか議論に時間が割けない、という状況が発生してしまいました。 これについては、参加者にはひとまず自分が発表するとしたら何を話すかをまず聞き、その後でその発表内容から聞いてみたいもの、議論してみたいものを参加者に投票で決めてもらうのはどうか、という意見を頂きました。また、議論重視のセッションと発表重視のセッションとを分けて準備しても良い、ただ発表の分野について範囲を区切ってしまうのはデメリットが大きそうだ、という意見もありました。

参加者一覧

最後に、今年度若手の会に参加して下さった方々の名簿を添付致します (敬称略)。

氏名 所属 備考
萩谷 昌己 東京大学 オブザーバ
秋田 憲洋 千葉科学技術大学
蟻川 浩 奈良先端科学技術大学院大学 幹事
市川 祐輔 早稲田大学
伊藤 一成 慶應義塾大学 幹事
小野 優介 千歳科学技術大学
越智 洋司 徳島大学
大日向 大地 長野工業高等専門学校
筧 一彦 早稲田大学 幹事
鬼柳 裕暢 千歳科学技術大学
鈴木 秀直 早稲田大学
田中 俊光 千歳科学技術大学
長 慎也 早稲田大学
橋本 拓哉 早稲田大学
三井 健太郎 新光電気工業株式会社
山口 文彦 東京理科大学 幹事
渡部 岳郎 新潟大学
渡辺 俊雄 株式会社日本レジストリサービス