第56回 情報科学若手の会 開催報告

はじめに

2023年10月7日から10月9日にかけて、加藤山崎教育基金 軽井沢研修所(長野県北佐久郡)にて、第56回情報科学若手の会を開催いたしました。全国より、招待講演者を含む35名が現地参加し、様々な分野の発表を行い、 活発に議論しました。

発表および議論

以下のような発表枠を用意し、議論を行いました。 本年は、通常発表2件、ショート発表7件の発表がありました。

  • 招待講演: 60分 (質疑含む)
  • 一般発表: 発表30分+質疑10分
  • ショート発表: 発表15分+質疑10分

発表一覧

招待講演: 「実用水準のプログラミング言語を個人規模でつくる」 京都大学大学院 情報学研究科情報学専攻 通信情報システムコース 諏訪 敬之 様

素晴らしいことに、昨今は多くの方が趣味で言語処理系を実装し公開するようになってきました。言語処理系の何に面白さを見出すかは人それぞれで、既存言語の処理系をつくる人がいれば言語自体から設計する人もおり、目的やこだわって実装したい箇所も、構文の工夫から生成するコードの最適化まで多岐に亘ります。また、実装すること自体の動機も、ちょっとした実用のためだったり、自分自身の理解や達成感のためであったり、人それぞれ様々だろうと思います。

そのような背景にあっても、明確な用途の意識を持った言語を(自分だけに限らず)多くのユーザが実用できるくらいの水準で作り込もうとしている人はもしかすると案外少ないかもしれません。講演者は(広く使われていると言うには程遠いですが)自ら設計・実装したSATySFiという言語を自分自身も含めた一定数のユーザに実用してもらい、また特に熱心なユーザから処理系本体の改善を提案してもらったり周辺ツールを自発的に開発してもらったりするに至った経験があり、こうした体験をこの機会に共有できればと考えています。個別具体的な事例については、とりわけ私個人がこだわりがちな型システムについての話が多くなると思います。

実用を目的として言語を作り込むのはチマチマとした改善を継続する地味ながら執念を要する開発ですが、自作した言語のおかげで自分自身ひいてはユーザの皆さんが楽しんでコーディングし、面白い物を制作したり高い生産性を発揮できていることが感じられたときの歓喜はひとしおです。本講演が皆さまにとって「私も自作言語を実用水準へとドッグフーディングして開発してみよう」と思えるような刺激となれば欣快の至りです。

若手特別講演: 「趣味を研究、そして仕事にするまで — なぜ低レイヤは大事なのか、そして楽しいのか」 グーグル合同会社 hikalium 様

「週末何してた?」「OSつくってた!」 私をここまで低レイヤに駆り立てる理由とは一体何か。なぜ趣味も研究も仕事もOSで通してきたのか。その背景を説明したら、きっとみなさんも低レイヤのことが大好きになること間違いなし!…かどうかは分かりませんが、低レイヤの魅力と楽しさを、経験を交えて皆様にお話しします!

スポンサー発表 1: 「PFNを支えるストレージシステム」 株式会社Preferred Networks 杉原 航平 様

(概要なし)

スポンサー発表 2: 「Quantum Covert Lottery ー高速化ではない量子コンピュータの応用ー」 株式会社リクルート 吉村 優 様

量子コンピュータといえば素因数分解など高速化に注目されることが多いと感じますが、一方で量子コンピュータは高速化以外の応用も可能です。量子力学の重ね合わせを説明する際にしばしば用いられる「シュレーディンガーの猫」は、観測される猫の生死を1bitの情報とみなせば、(1)猫が死亡していれば0、(2)猫が生存していれば1といった量子的なコイントスと考えられます。 この発表では量子コンピュータの基礎を説明しつつ、“Covert Lottery′′というコイントスとは少し異なる抽選を例に量子コンピュータの高速化とは異なるおもしろさを共有したいと思います。

通常発表 1: 「Wasmを実行するunikernelとWasmコンパイラの開発」 上田蒼一朗 様 / 野崎 愛 様

(概要なし)

通常発表 2: 「AIセキュリティはなぜセキュリティ分野なのか」 杉浦 一瑳 様

AIセキュリティという、機械学習の脆弱性について研究する分野について紹介する。 前半ではAIセキュリティがどのような研究分野か、機械学習の基礎から丁寧に紹介する。後半ではAIセキュリティがなぜセキュリティ分野の一つとして扱われているのかについて、AIセキュリティ研究と一般的なセキュリティ研究の類似点や相違点を挙げながら考察する。

ショート発表 1: 「GoのORMを自作してみる」 黄 英智 様

GoでORMを実装する。ORMの設計と、ORMを構成する技術であるSQLクエリビルダーとトランザクション、およびオブジェクトへのマッピングを中心に発表する予定

ショート発表 2: 「コンテナ技術における最新の研究動向」 松本 直樹 様

軽量な実行環境の分離技術として、コンテナ技術は広く利用されている。 本発表では、コンテナ技術に関する最新の研究動向を紹介し、今後の分離技術、仮想化技術の方向性、活用場面について議論する。

ショート発表 3: 「大規模言語モデル(BERT)を活用したニュース推薦のPyTorchによる実装と評価」 矢田 宙生 様

ChatGPTを始めとした近年の大規模言語モデルの進歩と社会実装の速度は目覚ましいものがあります。大規模言語モデルの活用としては、高い対話能力を有したChatBotとしての活用がよく知られています。ですが、その一方で、言語モデルからテキストの埋め込みベクトルを獲得し、推薦やセマンティック検索に活用する事例も増えています。 さて、このセッションではそれらの実応用の一例として大規模言語モデル(BERT)を用いたニュース推薦に関する内容を発表します。ニュース推薦のSoTAとして知られるNRMS(BERT)というモデルをPyTorchで実装し、nDCGやMRRといった指標で評価を行いました。モデルの学習には、Microsoft Newsの行動ログとニュースデータから構築されたMINDというデータセットを用いています。なお、本発表に関連するコードと学習済みモデルはGitHubに一般公開済みです。

ショート発表 4: 「大規模で実用的な量子計算のためのソフトウェアとアーキテクチャ」 冬鏡 澪 様

量子計算機は量子力学の原理を積極的に利用することで通常の計算機(古典計算機)より広範な計算操作を実行できることから、特定の重要な問題(物理シミュレーション、素因数分解など)について古典計算機より計算量が少なくなると考えられているため、注目されてきた。しかし、量子計算の個々のステップにかかる時間が古典計算機よりも長いことから、古典計算機よりも短時間で問題を解くためには「大規模でかつ実用的な量子計算」が必要となる。この発表では、まず量子計算の基本的な原理を解説したあと、実用的な量子計算の実現の妨げになっている誤差、およびそれに対処するための量子誤り訂正符号について解説する。次に、大規模な誤り耐性量子計算に関する現在の理論的な見積もりおよび想定されているいくつかのアーキテクチャについて概説する。最後に、大規模な誤り耐性量子計算を実現する上で必要となるであろうソフトウェアについて紹介する。

ショート発表 5: 「ニューラルネットワーク組み換え自動化ソフトウェアの研究開発」 佐田 淳史 様

回収した画像データに対してどのbackboneとNeckとHeadの組み合わせが最適なものかどうかを全自動で学習・判断し、最適なモデル組み合わせを自動出力するアルゴリズムを開発した。Yoloにおける原著論文ではモデルにおけるbackboneは一意に決められているが、従来の画像処理における課題である物体輪郭部の欠陥検出や光の変化による画像認識の対応が難しいケースが存在する。その部分の課題に着眼し、様々なYoloにおけるbackboneの組み換え処理を自動化することで容易に認識率(mAP)の比較ができるアルゴリズムを組んで実装し、部分的にその課題を克服した。これは発表者の2019年から学んできた深層学習分野の集大成としての卒業論文のテーマである。

ショート発表 6: 「ロボットハンドの機械インピーダンスの人への呈示が人間ロボット間の物体受け渡しに及ぼす影響」 山本 純也 様

近年,ロボット技術の進歩により,人間とロボットの協調が注目を集める中,人間とロボットの協調作業の主な一例として,物体の受け渡しがある.異なるエージェント同士で受け渡しを行う場合,相手の意図を理解するためのコミュニケーションが必要である.しかし,無機質なロボットの意図を人間が理解することは困難である.よって,不信感により探り探りになるか,意図の認識遅れおよび誤認により物体落下を引き起こす可能性がある.そこで本研究では,この課題を解消し,効率的な人間とロボットの受け渡しの実現を目的とする.そのために本稿では,ロボットハンドの機械インピーダンスを人間の前腕へ締め付け力を用いて提示する手法を提案する.

ショート発表 6: 「自動運転車は本当に事故を減らすのか?」 久下 柾 様

現在、自動車の運転支援技術、自動運転技術が急速に発展しています。自動運転車の普及により交通事故を減らすことが期待されていますが、それは本当なのでしょうか?先行研究を紹介しながら、自動運転車の事故とそれを防ぐための工夫について紹介します。

LT発表

飛び入り発表ありの発表時間5分のLT発表を行い、7件の発表がありました。また、ナイトセッションも大変盛況となりました。

インターネットでの反応

X(旧 Twitter)

#wakate2024 - X

ブログ記事

第56回情報科学若手の会 に参加した。 - momokaのブログ

第56回 情報科学若手の会に参加しました!登壇も! - ultrasupara

情報科学若手の会で登壇してきた - /var/log/hikalium

Discord サーバー

本会では、参加者同士の活発なディスカッションの場として Discord サーバーを開催ごと(年ごと)に作成していました。しかし、「前回もしくは前々回であった発表の資料をもう一度見たかったが、サーバーが削除されていた。」というご意見を多数いただいておりました。 そこで、本年からの新たな取り組みとして、 新しい Discord サーバーを半永久的なものとして作成し、以前の発表資料やディスカッションの閲覧ができるようにしました(試験的に運用しているので今後変わる可能性が有ります)。

おわりに

低レイヤー技術から、セキュリティ、量子コンピュータ、ロボティクス、自動運転車など、さまざまなバックグラウンドを持つ参加者の方々にご参加いただきました。それに加え、交流やディスカッションが積極的に行われており、非常に多角的な視点から議論がされていました。結果として、本会は大変有意義な会となりました。

来年度も同時期に情報科学若手の会を開催する予定です。下記のWebページにて随時情報を更新しております。 多くの方のご参加をお待ちしております。

情報科学若手の会 wakate.org

謝辞

招待講演を快く引き受けてくださいました京都大学大学院 諏訪 敬之 様、グーグル合同会社 hikalium 様、スポンサーとしてご援助いただきました株式会社リクルート 様、株式会社Preferred Networks 様、Jane Street Capital 様、LINEヤフー株式会社 様、この若手の会開催にあたり様々な面からご支援くださいました高知工科大学 松崎先生をはじめとするプログラミングシンポジウム幹事の皆様にこの場をお借りして深く御礼申し上げます。

幹事

  • 久下 柾 (奈良先端科学技術大学院大学)
  • 石 立行 (東京大学)
  • 井上 紘太朗 (LINEヤフー株式会社)
  • 武田 真之
  • 田中 京介
  • 松本 直樹 (京都大学大学院)