第32回 情報科学若手の会 開催報告

はじめに

今年度の情報科学若手の会は、1999年8月28日より30日まで、KKRポートヒル横浜において、「インターネット時代のプライバシ」というテーマで行われました。

情報科学若手の会を開催するにあたり、慶応工学会から援助を頂きました。また、昨年度山内奨励賞を受賞された延澤志保様より、御寄付を頂きました。若手の会の意義を理解して下さり、御協力頂けましたことに感謝いたします。ありがとうございました。

今回は情報系を専門とする人だけでなく、法律を専門とする人などを含め、全国から20名の参加を得ることができました。

1日目(28日)

  • ネットワーク社会のプライバシに関して(中村嘉志・楯岡孝道)

2日目(29日)

  • ネット上のプライバシー保護法制の現状(小林広樹)
  • 中学・高校における情報教育の未来像(辰己丈夫)
  • プライバシについて、未来像・技術者にできること

3日目(30日)

  • まとめ

会議の前半は、まず議題を提供して頂くという意味で呼び水となる発表をして頂き、その発表を基に議論を行うという形を取りました。後半はそれまでの議論の中から議題を選ぶということで、未来像・技術者にできることについて議論を行いました。

会議の内容

ネットワーク社会のプライバシに関して

初日は「ネットワーク時代のプライバシに関して」と題して、電気通信大学の中村さんと楯岡さんに技術的な面を中心に話をして頂きました。3台のノートパソコンを使って2台の通信を残る1台が盗聴するというデモンストレーションも行われました。

ここでは、プライバシとはどういうものであるかを中心に話し合われました。ネットワークに匿名性があるという誤解から、Webページに不用意に情報を書き込んでしまう人がいるなどの指摘があり、意識の向上の重要性が確認されました。また、インターネットは空間的にも検索の処理能力的にも大規模であり、この規模性がプライバシという問題を顕在化させているという意見が出されました。マスメディアの登場でプライバシの問題が顕在化し、インターネットではさらに検索と保存の容易さがあるのです。他に、ログに含まれるプライバシはどう守られるか、アクセスランキングの公表はプライバシの開示になるのか、といったことが議論されました。逆に、個人情報を開示することで得られる利益もあります。例えばcookieの本来の目的は集めた個人情報をサービスに使うことです。単に情報を出さないようにすればよいというだけではない難しさがあります。そこで参加者の大半が「プライバシとは自分の情報の伝達範囲、使われかたをコントロールする権利である」と捉えました。他に、会社が社員のメールを読むのは合法であるという判例の報告や、管理者の倫理教育は専ら口伝に頼っているという現状についての報告がありました。

ネット上のプライバシー保護法制の現状

2日目の午前中は「ネット上のプライバシー保護法制の現状」と題して、弁護士の小林広樹さんに話をして頂きました。今後やるべきことの方向性として、刑罰を前提に行動を取りしまること・損害賠償の寄りどころとなる法律の補強の2点を、解決すべき問題として、クラッキングによる情報の不正入手・管理者の怠慢によって不正入手を許してしまうこと・管理者が管理目的以外の利用をしてしまうことの3点を挙げて頂きました。

議論では、個人の嗜好に合わせたサービスの提供がプライバシの侵害になるか、プロバイダの責任、虚偽の被害報告、子供にはプライバシがあるかといった問題点が提起されました。また、米国では競争力を落さないという経済的原則のためにプロバイダは免責されている、という報告がありました。

中学・高校における情報教育の未来像

2日目の午後前半は、個人情報を開示することのメリット・デメリットを判断できる人間を育てるという意味で教育の観点から、神戸大学の辰己丈夫さんに「中学・高校における情報教育の未来像」と題して話をして頂くことになりました。

インターネットは技術の発展と供に急速に変化しており、教育はモデルとなるネットワークに依存する部分が大きいので、単純に記憶するだけでなく、原理・原則・仕組みを理解する必要があるという指摘がなされました。時間の変化を受けない一定のルールが存在しないという問題がありますが、他人のパケットを邪魔しないことを黄金律としてはどうかという提案がありました。他に、教育の現場では教師に責任がかかってくるために明示的に禁止したがる傾向があるという指摘や、情報の専門家が初等中等教育をおろそかにしてきたのではないかという指摘がなされました。

プライバシについて、未来像・技術者にできること

2日目午後後半は、未来像や技術者にできることについて話合いました。技術的な対策としては暗号や電子署名などが現状でも利用されています。PGPの公開鍵は友達(信用できる相手)を通して交換されていますが、役所に御墨付の認証局のようなものがあってもよいのではないかという提案がありました。もともとインターネットでは本名を名乗っていたものが、最近では本名を名乗らない人が増えています。身元が分かれば中傷誹謗の問題がなくなるのではないかという考えから、インターネット上にプライバシも匿名性も完全にない未来像について話合われました。また、プログラムのバグや問題点を知らしめるなどの技術的な啓蒙も「できること」として挙げられました。情報を扱うシステムのどの階層で守るか、階層化せずにend-to-endの話にした場合はどうか、Free Softwareによる損害の保険制度があってもよいのではないか、といった議論がなされました。

最後にここでの議論からプロバイダのプライバシ保護対策やセキュリティを評価しようというアイデアが出されました。プロバイダを格付けして結果を公表することで、プロバイダやユーザの意識の向上を図ろうというものです。

まとめと格付け機関について

3日目はこれまでの議論を簡単にまとめた後、プロバイダを評価する基準について話合いました。プロバイダが持っている情報の保全や、経路としてのプロバイダの安全性について、プロバイダやユーザにアンケートをするという形が考えられました。またアンケートの項目については、サーバのOS、持っている顧客情報の種類と管理方法、従業員についてなどの意見が出されました。アンケート結果から具体的にどう評価するかまでは結論が出ませんでしたが、プロバイダの評価については参加者によるメイリングリストにおいて現在も議論が続けられています。

おわりに

今回は法律を専門とする人達の参加を得ることができ、また、会を通じて参加者が積極的に意見を出しあったので、非常に有意義な会合となりました。

プロバイダのプライバシへの対応を格付けするという非常に具体的な提案があり、これが現在進行中であることは今回の若手の会の大きな成果であると考えます。

参加者一覧

最後に今年度の若手の会に参加して下さった方の名簿を添付します(敬称略)。

**氏名** **所属** **幹事**
網代 育大 早稲田大学
伊藤 一成 慶應義塾大学
伊戸川 暁 東京大学
筧 一彦 早稲田大学
小出 洋 日本原子力研究所
小林 広樹 第一東京弁護士会
佐藤 健吾 慶應義塾大学
白田 秀彰 法政大学
鈴木 健一 宮城高専
辰己 丈夫 神戸大学
楯岡 孝道 電気通信大学
中村 嘉志 電気通信大学
馬場 圭太 早稲田大学
松谷 将寛 早稲田大学
山内 斉 電気通信大学
山口 文彦 慶應義塾大学
山根 信二 東北大学
山本 真也 慶應義塾大学
吉本 一実 早稲田大学
渡辺 俊雄 (株)アスキー